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最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)179号 判決

京都市南区吉祥院宮の東町二番地

上告人

株式会社 エステック

右代表者代表取締役

堀場厚

右訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

同弁理士

増井忠弐

滋賀県野洲郡中主町大字乙窪字澤五八八番一

被上告人

株式会社 リンテック

右代表者代表取締役

小野弘文

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第二三四号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年五月九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場正成、同鈴木修、同増井忠弐の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成八年(行ツ)第一七九号 上告人 株式会社エステック)

上告代理人大場正成、同鈴木修、同増井忠弐の上告理由

第一 はじめに-本件特許発明の属する技術分野について

一、本件特許発明はその特許請求の範囲の記載にあるように、「マスフロー流量計」に関する。この「マスフロー流量計」とは質量流量計の意味であり、流体の「質量」の移動に伴う物理量の変化(温度、振動数等)によって流量を測定する方式の流量計である。

本件特許発明においては、さらに「センサー部に毛細管を用いたマスフロー流量計において、バイパス部の流体抵抗素子として・・・を特徴とする」とあり、従ってマスフロー流量計でも流体の流れをセンサー部とバイパス部に分流させ、センサー部の流体の流量を測定することにより全流量を測定する方式のマスフロー流量計であることが明確にされている。

この事は、明細書の「発明の詳細な説明」の項に、「本発明は、導管中を流れる流体をバイパス部とセンサー部に分けて流し、センサー部で検出される流から流体の総流量を測定するマスフロー流量計に関し、殊にセンサー部として毛細管を用いた前記流量計に関する。」(甲第二号証特許公告公報一欄二九ないし三三行)とある通りである。

二、マスフロー流量計は、その測定方式に関する基本的技術思想により全量測定方式と分流測定方式とに大別することができる。

全量測定方式とは、測定方式に関する基本的技術思想としては、流体の全量を測定の対象とする方式で、通常は流路は単一であり、この単一の流路を総ての流体が通過する。測定手段(例えば、本件特許発明の実施例にあるようなコイルとブリッジ回路)はこの流路に設けられる。

これに対し分流測定方式とは、流体の流路から流れの一部を取り出す分岐流路を設け、その分岐した流路に設けた測定手段により、当該分岐流路を流れる流体の流量を測定し、これにより本来の流路(本流路)を流れる流体の流量を含めた全流量を測定しようとする方式であり、全量測定方式とは基本的な測定方式における技術思想を異にするものである。このように本流から分岐した流路を流れる流体のみを測定するため、この測定手段が設けられた分岐流路をセンサー部といい、一方本来の流体の流路(本流路)をバイパス部と呼ぶ。

本件特許発明は、右の測定方式において全量測定方式とは基本的に異なる思想に基づく分流測定方式によるマスフロー流量計であり、さらにこの測定手段を設ける分岐流路を毛細管からなるものとしたマスフロー流量計にかかるものである。本件特許発明の特許請求の範囲の記載に「センサー部に毛細管を用いたマスフロー流量計において」とある所以である。

本件特許発明は、右の測定方式において全量測定方式とは基本的に異なる思想に基づく分流測定方式という測定方式を前提とするものである。

三、右のように分岐流路であるセンサー部の流路を毛細管とするのは測定精度を高めることを目的とするが、コイルが与える熱の移動により流量を測定する熱式質量流量計では、測定流路を形成する管の径は小さいほど精度が高くなる一方、本流路たるバイパス部の流路の断面積はセンサー部の毛細管の径に比較して大きい。このため、単に分岐流路たるセンサー部として毛細管を用いた場合、流体はもっぱら本流路たるバイパス部を通過してしまうことになり、センサー部の毛細管にはほとんど流体が流れず、この為流量測定が出来ない。これは、センサー部の毛細管の入口と出口の間の差圧がセンサー部の毛細管に流体が流れるのに十分な大きさになっていないからである。

流量測定に必要かつ十分な分量の流体をセンサー部の毛細管に流すためには、毛細管の入口と出口との間で一定の差圧が必要である。この必要な差圧を発生させる手段がバイパス部に設けられた「流体抵抗素子」なのである。要するに、バイパス部というセンサー部に比べ流体の流れが容易な本流路にわざわざ設ける流体抵抗素子は、センサー部の毛細管に流体を流すための手段をなしているものである。

この流体抵抗素子としては、従来は多数のディスクの積層構造とし、各ディスク板の中央に孔、半径方向に溝を形成したものがあった(甲第二号証第二欄一ないし五行、甲第六号証)。

本件特許発明は右の従来のバイパス部に用いられる流体抵抗素子の改良を図るものである。

四、これに対し、甲第三号証に記載の流量計は先ず基本的に全量測定方式を採用しているものである。甲第三号証には、「バイパス管」なるものが記載されてはいるが、その目的は分流測定方式における「流体抵抗素子」とは全く異なるものである。

即ち、甲第三号証には、「センサーを速い流体の流れに対して使用可能とするために、センサーにバイパス管を設ける」(甲第三号証訳文三頁一一、一二行、傍線上告人)とあり、さらに「本件発明の更に別の目的は、センシング要素と同一の構造を有する複数のバイパス管を利用し、これにより、流体の大量の流れを許容するが、依然としてセンシング要素における流れを層流にするようになされた熱式質量流量計を提供することである。」(同四頁七ないし一〇行)との記載がある。これらの記載はバイパス管を設ける目的を記載したものであり、その趣旨はセンサーを流れる流量が大きくなった場合、センシング管ないしセンシング要素を流れる流体の状態が層流の状態を維持できなくなるので、センシング管を流れる流体の流量を減らす為にバイパス管を設けるというものである。要するに、センシング管を流れる流体の流量を減少するのが甲第三号証が開示する流量計のバイパス管の目的なのである。これは、本件特許発明で構成要件をなしている「流体抵抗素子」の目的が本来流体の流れ難い分岐流路であるセンサー部に流体を流す為の手段であるのに対し、一八〇度反対の目的を有し作用効果も全く逆のものであると言って良い。

五、なお、甲第三号証の流量計中、バイパス管を有する実施例についても、基本的技術思想としては全量測定方式であることは、右引用例の記載に端的に表れている。

即ち、「センサトを速い流体の流れに対して使用可能とするために、センサーにバイパス管を設ける」と言うことは、「遅い流体の流れ」の場合は、バイパス管が不要ということであり、この場合は流体の全量がセンシング管を流れるからである。これは正に、全量測定方式の技術思想以外の何ものでもないのである。

さらに、速い流体の流れに対して使用可能とするためにバイパス管を設けることは、本来全量がセンシング管を流れる流体をバイパス管を設けて分散して流す訳であるから、センシング管を流れる流体の流量を減らすということであり、これにより「センシング要素における流れを層流にする」というものである。しかし、この場合でも流量が測定できるのはセンシング管を流れる流体のみであるから、バイパス管を任意の管としたのではセンサーを流れる全流体の流量測定ができなくなり、一方バイパス管をセンシング管と全く同一構造のものとしておけば、一つのバイパス管を通る流体の流量はセンシング管を通る流体の流量と同じとなり、全流体の流里がセンシング管を通る流体の流量の整数倍(センシング管及びバイパス管の本数倍)となるようにすれば、全流体の流量が測定できることになると考えたのが引用例発明なのであり、それ以上の何ものでもない。これは、一つの流路を流れる流体の流量を測定する(これ自体が全量測定の技術思想である)ことにより、これと全く同一構造の隣の流路を流れる流体の流量も同じはずであるから、同様の流路が複数集まったその流路の集合全体を流れる流量が測定できるというだけの技術思想に過ぎない。徒って、引用例発明では、バイパス管はセンシング管と同一構造でなければならないのである。ここには、一つの流路を流れる流体の一部を分岐し、その分岐した流路を流れる流体の流量を測定することにより、一つの流路を流れる全流体の流量を測定するという分流測定方式の技術思想は微塵だに存在しない。

このように、甲第三号証のバイパス管の目的、作用効果と「流体抵抗素子」の目的、作用効果とは全く正反対なのである。

六、しかるに、後述の通り、原審判決は右の流体抵抗素子の役割とバイパス管の役割に対する認識を欠いたため、その認定に理由齟齬を来したものと言わざるを得ない。

第二 上告理由一-理由齟齬の違法(その一)

一、 原審判決は、上告人(原審原告)の主張に対する判断を欠いたものであり、判決に理由を付せず、あるいは理由に齟齬のある違法なものである。

二、上告人は、甲第三号証に記載の「センサー要素」が本件特許発明の「センサー部」に該当するとの審決の判断が誤りであると主張した。

上告人は、その理由として甲第三号証の発明(以下引用例発明ないし引用例流量計という。)は基本的に全量測定方式のマスフロー流量計であり、本来的に積極的に流体抵抗として能せしめるバイパス部に対置する必須要素としての「センサー部」なるものは有しないことを主張した。本件特許発明は右のバイパス部に対置する意味での「センサー部」に「毛細管を用いた」ものであって、単にセンサーに「毛細管」を用いたと言うだけのものではない。

引用例発明は、既述のとおり、多量の流体を流す場合にもセンシング要素を流れる流体に層流の状態を保たせる為に必要な場合にはバイパス管を設けるのであるから、その必要がない場合は全ての流体がセンシング管を流れ、従って、この場合のセンシング管は「バイパス部」に対置する「センサー部」でないことは明らかである。

従って、原審判決がまず認定すべきは本件特許発明における「センサー部」とは何かでなければならず、次に引用例発明における「センシング管」が、本件特許発明の「バイパス部」に対置する意味での「センサー部」に用いられた毛細管といえるか否かでなければならない。

しかるに原審判決は、「しかしながら、本件発明は、特許請求の範囲において、センサー部の構成として『センサー部に毛細管を用いた』と規定するのみであり、センサー部における流量検出手段の構成について何ら特定していないものである。」と本件特許発明の構成に言及し、一方引用例発明については引用例発明の実施例における管の径の記載を引用して、「この事実によれば、甲第3号証に記載の発明も、センシング管及びバイパス管に毛細管を使用しているものである。」としただけで、「そうとすると、甲第3号証に記載されたようなセンサー要素、制御要素及びダミー要素を用いた熱式質量流量計も、本件発明の流量計に包含され、右『センサー要素』は本件発明における『センサー部』に相当するとの審決の認定に誤りはない。」(原審判決二五頁)との結論に飛躍する。

しかし、この原審判決の「甲第3号証に記載された・・・熱式質量流量計も、本件発明の流量計に包含され、右『センサー要素』は本件発明における『センサー部』に相当する」との認定の論理構成は理解しがたい。文脈上、その認定の根拠は本件特許発明のセンサー部には毛細管を用いるとしか限定が無いこと、及び引用例発明もセンシング管及びバイパス管に毛細管が使用されていることに求められているようである。とすれば、要するに本件特許発明も引用例発明も共に毛細管を使用しているとの一事から、引用例流量計が本件特許発明の流量計に含まれ、従って引用例発明のセンシング要素が本件特許発明のセンサー部に相当するとの結論を導いていると理解するほかはない。しかし、この原審判決の論理は問いを持って問いに答えるに等しい。

そもそも、引用例流量計が本件特許発明の分流方式のマスフロー流量計に含まれるか否かは、引用例流量計のセンシング管及びバイパス管がそれぞれ「センサー部」の毛細管、「バイパス部」の(流体抵抗素子としての)管と言えるのかにより決まるのであって、原審判決の論理は逆そのものである。

センシング管やバイパス管に毛細管を使用しているといっても、そのことにより当該センシング管が「センサー部に用いられている」ことになるわけではない。本件特許発明の「センサー部に毛細管をもちいた」とは、分流測定方式のマスフロー流量計であることを前提に、その分流測定方式のセンサー部に毛細管を用いたものであることを必須の要件として記載しているのであるから、引用例流量計が分流測定方式であり、そのセンシング管が毛細管であるとしても、それが「センサー部」に用いられていると言うことにならなければ、結論は得られないはずである。問題なのは、引用例発明においてセンシング管が本件特許発明の「センサー部にもちいられ」ているか否かである。この問題は、単にセンシング管が毛細管であることから結論しうるものではない。

三、以上のとおり、原審判決は本件特許発明の「センサー部」とは何かを示すことなく、単に引用例発明のセンシング管及びバイパス管に毛細管が使用されていることから、引用例発明の「センサー要素」が本件特許発明の「センサー部」に相当するとした審決の認定を肯定したものであって、理由齟齬の違法がある。

四、さらに、原審判決は、上告人(原審原告)の主張につき「もっとも、原告は、本件発明のセンサー部につき、1本の毛細管上にいずれも温度変化する2個のセンサーコイルを巻きつけた上、独立発泡スチロール等の断熱材で包んだものであるとし、引用例記載の『センサー要素』が本件発明の『センサー部』に相当するとした審決の認定は誤りであると主張するが、・・・前記のとおり、本件発明のセンサー部の構成をこのように限定して解すべき理由はなく、したがって、原告の主張は、本件発明の要旨に基づくものではなく、採用できない。」とする。

しかし、この原審判決の認定は上告人(原審原告)の主張を正解しないものであり、その理由に齟齬のあるものと言わざるを得ない。

即ち、上告人のセンサー部の測定手段の構成に関する主張は、実施例のセンサーコイルを用いた測定手段の具体的構成が本件特許発明の必須の構成要件となるというものではない。この点において原審判決に誤解がある。

上告人がセンサー部の測定手段の具体的構成と引用例流量計のセンシング要素とダミー要素とからなる測定手段の構成に言及した趣旨は、その測定手段の構成の相違が、本件特許発明と引用例発明の測定方式における基本的技術思想の違い(分流測定方式と全量測定方式)を端的に示していることを指摘することにあった。

即ち、引用例流量計の測定手段の構成は広範囲な流量において測定を行うのに適したものであり、これは基本的にセンシング管に流体が全量流れることを予定したためである。これは正に全量測定方式にほかならない。一方、本件特許発明の測定手段の構成は測定可能流量範囲は狭いが、感度が良いという特徴がある。これは、本件特許発明が毛細管をセンサー部に用いた分流測定方式であるからである。この分流測定方式では、流体の大部分はバイパス部を流れるのでセンサー部の毛細管を流れる流量は少なくてすむ。このように、引用例発明は基本的に全量測定方式の流量計であることが、本件特許発明実施例のセンサー部の測定手段の構成との対比から明らかである旨主張したのである(平成七年六月一五日付け準備書面(2)第2頁ないし第4頁および別紙1および別紙2)。

この分流測定方式と全量測定方式の測定方式における基本的技術思想の相違が、本件特許発明のおける「センサー部」の理解に欠くことができないことは既述の通りである。

五、しかるに原審判決は、上告人(原審原告)の右主張を正解せず、単に実施例の構成を必須要件に取り込む主張と誤解し、その結果右上告人(原審原告)の主張に対する判断を全く欠いたのである。このことは、原審判決が審決取消事由1〈1〉の項において、原告の主張として右主張を全く記載していない(原審判決一一頁)ことからも、右上告人の主張の存在を全く念頭に置かずに判断をしていることが明らかである。

従って、原審判決には理由を付せず、あるいは理由齟齬の違法があることは明らかである。

第三、取消理由二-理由齟齬(その二)

一、原審判決には、証拠に基づかない認定をした理由齟齬の違法がある。

二、原審判決は、審決取消事由の1〈2〉に対する判断において、「甲第3号証・・・には、甲第3号証に記載の発明がバイパス部を設ける目的、構成及び効果として、第1図ないし第3A図・・・とともに、次の記載があることがみとめられる。」とするが、原審判決が引用する甲第3号証の記載中に存するのは、原審判決が引用する同記載自体から明らかなように、センシング要素の構成要素であるセンシング管とこのセンシング管を流れる流体の状態を層流に保つために、余剰の流体を流すためのバイパス管のみであり、本件特許発明における本流路としてのバイパス部並びに分岐流路としてのセンサー部へ流体を流すために、バイパス部に設けられる流体抵抗素子の存在を記載した部分は存しない。

原審判決は、本件特許発明が基本的に分流測定方式を採るマスフロー流量計であり、かつセンサー部に毛細管を用いたものである(従って、バイパス部に流体抵抗素子を必須要素として組み込んだ)との認識を欠き、センサー部の流量が大きくなったときにセンサー部の流量を減らす溢流流路として機能させる「バイパス管」を、もともと本流路の流体抵抗器を組み込むとともにセンサー部の流量が小さいときにセンサー部の流量を増やす「バイパス部」であると即断したものである。(日本規格協会発行のJIS工業用語大辞典第4版には、「流体抵抗」の意味として「流体通過の難易の程度を示す。」とあり、また「流体抵抗器」の意味としては、「流体の流れにおいて、圧力降下を発生するための要素」と記されている。)

しかし、上告人(原審原告)はそもそも引用例発明におけるバイパス管が「バイパス部の流体抵抗素子」と言い得るのかを問題としたのである。引用例発明にはバイパス部は存しないのであり、その理由は、基本的に引用例発明は全量測定方式であって、「バイパス部」も「バイパス部の流体抵抗素子」も持たないとの上告人(原審原告)の主張に対し、原審判決は全く証拠に基づかず、また何らの理由を示すことなく引用例発明には「バイパス部」があるとの認定をしたものである。この原審判決の認定は、証拠に基づかないものであり、理由に齟齬あるものと言わざるを得ない。

三、さらに、原審判決は「バイパス部の流体抵抗素子」につき、「そして、ハーゲンーポアズイユの法則等から明らかなように、毛細管に流体を流せば毛細管の入口と出口における圧力に差が発生することは技術常識であると認められ、当業者であれば、甲第3号証に記載の発明においてセンシング管とバイパス管とを同一の構成としたことの目的が、センシング管とバイパス管とで差圧が発生することを当然の前提として、両者の管の差圧を等しくすることにもあると容易に理解できるものと認められる。

従って、甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が流体抵抗素子として組み込まれたものでないとの原告の主張は採用できない。」(原審判決二九頁下から三ないし三〇頁八行)とする。

ここで、原審判決は、引用例発明においてセンシング管とバイパス管を同一の構成とした目的として、「(センシング管とバイパス管)の差圧を等しくすること」であると認定した。この認定に当たって、原審判決は唐突に「当業者」を持ち出し、「容易に理解できる」と結論付ける。原審判決が右認定をするに際し、「当業者の理解」を理由としたことは、右の様な「目的」の存在が甲第三号証には記載がないことを原審判決自体認識していたことを示している。右「目的」の記載が存在しないがゆえに、右結論を導き出すために「当業者の理解」を持ち出さざるを得なかったものと言える。しかし、この原審判決のセンシング管とバイパス管を同一のものとしたことの目的の認定は誤っているもので(実際、本件審決は全くこの「目的」に言及しておらず、被上告人(原審被告)すらこのような主張は全くしていない。原審判決独自の認定である。)、全く証拠に基づかないものであるばかりでなく、この目的自体、引用例発明のバイパス管が流体抵抗素子であるとの結論と技術的に全く脈絡のないものであるという意味で、原審判決の認定は二重の誤りを犯したものと言わざるを得ない。

まず、原審判決は「センシング管とバイパス管とで同一の構成としたことの目的が、センシング管とバイパス管とで差圧が発生することを当然の前提として、両者の管の差圧を等しくすることにもある」とするが、誤りである。

引用例発明でセンシング管とバイパス管を同一の構成にした理由は、原審判決二八頁(e)で引用した明細書の記載の通り、「センシング管を通って流れる全流量の割合が同一に維持される」、すなわち前述のように層流に維持することにあり、それ以外の理由はない。

そもそも、センシング管とバイパス管とで差圧(入口と出口での圧力差)が等しくなるためには、ハーゲンーポアズイユの法則を持ち出すことはおろか、両者が「同一の構成」である必要も全くない。例えば、本件特許発明の範型をなしている甲第六号証に示された積層ディスクからなる流体抵抗器を使用した場合でも、センサー管と流体抵抗器の入口と出口の圧力差は等しい。これはセンサー管と流体抵抗器とで、流体が共通の空間から流入し、共通の空間に流出するからで、入口付近の流体の圧力と出口付近の流体の圧力はセンサー管も流体抵抗器も同じ(同じにならざるを得ない)だからである。

さらに言えば、本件特許発明のマスフロー流量計で、流体抵抗素子を設けない状態を考えれば、流体の殆どはバイパス部を流れてしまう。しかし、この場合でもセンサー管の入口と出口での差圧を考えればバイパス部とセンサー部で差圧は等しいのである。この場合センサー部に流体が流れないのは、センサー部の入口と出口の間の差圧が、センサー部に流体が流れるに必要な差圧となっていないからである。

即ち、本件特許発明において「流体抵抗素子」を用いる意義は、センサー部の毛細管とバイパス部の流体抵抗素子の毛細管とで差圧を等しくすることにあるのではなく、バイパス部の流体通過を難しくすることによりセンサー部に測定に必要かつ十分な量の流体が流れるに足るだけの差圧を発生させることにあるのである。

原審判決は、流体抵抗素子の役割をセンサー部の毛細管とバイパス部の流体抵抗素子の毛細管とで差圧を等しくすることにあるとの誤解から、「当業者」を持ちだし、甲第三号証の記載から「(センサー管とバイパス管の)両者の管の差圧を等しくすることにもある」と強引に認定したが、右のように引用例発明においては本質的にそのような目的を持つはずはないのである。

既述のとおり、本件特許発明ではバイパス部という流体の本流路に設けられた流体抵抗素子とは本来流体の流れ難い分岐流路であるセンサー部の毛細管に必要な流体を流すためのものであり、一方引用例発明のバイパス管は、もともと全流体が流れるセンシング管の流れを分散してセンシング管を流れる流体の流量を減らすためのものであり、両者は技術思想において全く正反対なものである。しかるに、原審判決は、このような基本的に技術思想の異なる引用例発明の「バイパス管」が何ゆえに、本件特許発明における「バイパス部の流体抵抗素子」と言えることになるのかについて、全く証拠に基づいた理由を述べていないものである。

従って、引用例発明の記載から当業者が「両者の管の差圧を等しくすることにもあると容易に理解できる」とした認定も、「従って、甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が流体抵抗素子として組み込まれたもの」であるとした原審判決の認定も、いずれも証拠に基づかない、論理的結び付きのないものである。

バイパス管が「流体抵抗素子」であるためには、センサー部の毛細管の入口と出口の間に差圧を発生させ、流体をセンサー部に流す機能を有しなければならない。原審判決は、この点に対する認定を全く欠いたものである。

以上のとおり、原審判決に理由齟齬の違法があることは明らかである。

以上

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